作品一覧
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見えない森2019
Dance Mediumの10番目の新作。2006年初演の「見えない森」を全面改訂し、出演者も総取替えしての新たな境地を見ていただきたいと思う。今回は舞踏家3人に他ジャンルの身体表現者3人を加えての新たな試みにも注目して欲しい。幻獣達の蠢く見えない森に彷徨い込んだ青年の体験する悪夢。人間の意識と無意識、現実と妄想、死と生、真実の光とは何かを追求した作品。

- 上演団体 / 個人
- Dance Medium 長岡ゆり
- 演出 / 振付
- 長岡ゆり
- 会場
- シアター・バビロンの流れのほとりにて
- 上演年
- 2019
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曼荼羅ライブ
1980年に「白虎社」を立ち上げることになる大須賀勇は、1976年の東南アジア舞踏行脚を経て、翌年「東方夜總會」を創業した。本映像は吉祥寺のライブハウス曼荼羅で行われた東方夜總會創業公演を収録。チラシによれば演じられた演目は「山王ギャマン糖ー劇場を支える踊り子への招待」。白虎社の代表作『ひばりと寝ジャカ』や他の作品へと昇華するさまざまな原型が見てとれる。音楽も後によく使われた曲が多いが、後から編集されたものである可能性もある。

- 上演団体 / 個人
- 白虎社
- 演出 / 振付
- 大須賀勇
- 会場
- 吉祥寺 曼荼羅
- 上演年
- 1977
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ポエトリー・レストラン・シアター 白石かずこVS白虎社
詩人の白石かずこの「ポエトリー・レストラン・シアター」に白虎社の舞踏手が出演し、白石の朗読と井上敬三によるサックス演奏とで踊った。白石はジャズの演奏家だけでなく舞踏家とのコラボレーションも多く、白虎社の夏期合宿にも顔を出していた。約3週間後に京都KBSホールでの「ミナカタクマグスのようなテレビジョン」上演を控えていたこともあり、蛭田早苗のソロや男性舞踏手の石を打つ踊りの動きなどは同作品でも見られるものである。

- 上演団体 / 個人
- 白虎社
- 演出 / 振付
- 大須賀勇
- 会場
- 八尾西武ホール
- 上演年
- 1984
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墨鯨 -土方巽 追悼
舞人として踊った五井輝が、前年の86年1月に死去した土方巽を追悼した公演。土方を思い出させる赤いスカートなどの衣装や音、音楽が随所に使われた。唇にはルージュを塗りたくり、背中一面に刻まれた風神雷神の入墨を見せ、剣山を自らの肉体に刺す。すべてをさらけ出して極度の集中をもって踊る五井に、「さながら土方の魂が降りたかのようだった」とThe Japan Times Weeklyのレビュー記事(1987年9月19日 Yuri Kageyama)にある。

- 上演団体 / 個人
- 五井輝
- 演出 / 振付
- 五井輝
- 会場
- 草月ホール
- 上演年
- 1987
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僕が釜山で踊った夏〜異形のダンス
1997年夏、釜山国際海浜舞踊祭に参加する福士正一の活動を追ったドキュメンタリー。福士が自らの舞踊哲学を語るインタビューのほか、福士に強い影響を与えた舞踏家森繁哉と民俗学者赤坂憲雄の対談、共に活動する福士輝子等の話しを通して、ユニークな活動を浮き彫りにしている。釜山の市場や海岸で即興で踊りながら見知らぬ人々の中に入り、その場その場で心の交流を生み出す様は、福士の活動スタイルの真骨頂を表している。

- 上演団体 / 個人
- 福士正一
- 演出 / 振付
- 福士正一
- 会場
- 釜山
- 上演年
- 1997
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棒ダチ 私だけが長生きするように
Tokyo Real Underground(Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13)参加作品ー川口隆夫ディレクション企画「舞踏 ある視点」。
演出家の生西康典が、土方巽のテキスト「病める舞姫」と「慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる」を演劇作品化した。2人の演者はほとんど動かずに土方の言葉を発し、それらの言葉が地下空間を震わせていく。静寂、言葉、電車の走行音をはじめとした空間内の音。そのなかで震える身体。その揺らぎが見る者に伝わり、それぞれの異なる経験、あたらしい物語を生み出していく。本作では、その「揺らぎ」を映像作家の掛川康典が映像と音響で丹念にすくい取っている。
「Tokyo Real Underground」会期:2021年4月1日~8月15日
テキスト:土方巽「病める舞姫」「慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる」より
- 上演団体 / 個人
- 特定非営利活動法人ダンスアーカイヴ構想
- 演出 / 振付
- 生西康典
- 会場
- 旧博物館動物園駅にて撮影
- 上演年
- 2021
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White Dance(ホワイトダンス)
1972年に渡欧した時は振付に関する確たる考えもなく、パフォーマンスをただ考えついては、いつも「White Dance」と呼んでいた。アメリカへ移る前の日本滞在中に、私達はニューヨークデビューに向けてこの作品を振付け、1976年5月6日、ベアテ・ゴードンの企画により、ジャパン・ソサエティに於いてこの作品でデビューを果たした。映像は2011年、アメリカン・ダンス・フェスティバルでの再演より。

- 上演団体 / 個人
- Eiko & Koma
- 演出 / 振付
- Eiko & Koma
- 上演年
- 1976
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北方舞踏派舞踏紀 1975-1989
北方舞踏派の代表作を抜粋した映像集。
「塩首」(1975)、 「月下の畝」(1982)、「鷹ざしき」(1984)、「蝦夷面」(1989)の4作が収められている。
「塩首」は初演の第1日目よりの記録で、ビショップ山田が黒塗りで登場する。2日目は土方の指示で白塗りになったが映像が残されていない。「蝦夷面」の部分は「My Heart Beat」というタイトルが付けられている。
- 上演団体 / 個人
- 北方舞踏派
- 演出 / 振付
- ビショップ山田
- 上演年
- 1975
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Hot Key
TOKYO DANCE SCENERY参加作品。中国北宋時代の廓庵禅師によって、禅修行を牛と牧童の関係で暗喩的に10枚の絵と共に描かれた、十牛図をモチーフに作られた。舞台上には宇野萬によって製作された、蹄の無い4頭の牛がいる。絶望的な闘いの後に得たものは何か?その時初めて彼は絶対無(空)に到達する。禅宗の難テキストに正面から挑んだ名作で国内公演はもとより北中南米大陸、フランスにて大好評を得た。

- 上演団体 / 個人
- 宇野萬
- 演出 / 振付
- 宇野萬
- 会場
- TOKYO FMホール
- 上演年
- 1992
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放下(ほうげ)9
第2回OSAKA DANCE EXPERIENCE参加、岩下徹ソロダンス公演。
「一、無音であること。一、即興であること。一、1時間1本勝負であること。一、直径2mの光の輪の中で踊ること。一、周囲を観客に囲まれていること。以上の条件のもとで踊ります。私のダンスにとって真に必要なものとはいったい何か。そんなことを自らに問いかけるためにこの試みは始まりました。かつて身体ひとつになってしまったところから始まったのが私のダンスなのですが、音楽もない小さな照明のなかから、はたして何を伝えることができるのでしょうか。そのことがはっきりと問われるに違いありません。私にとってダンスとは何であり、また何であるべきかということをいつも問い続けていたいと思います。」
- 上演団体 / 個人
- TORII HALL
- 演出 / 振付
- 岩下徹
- 会場
- TORII HALL(トリイホール)
- 上演年
- 1996
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鼈甲飴
土方巽メソッド研究会舞踏公演。
「アスベスト館の元藤さんから、今年のはじめに、”和栗君、ワークショップを開講しませんか”というお誘いを受け、私が八年間居住まいをさせていただいたこの館に再び戻ることになり大変嬉しく思っております。四月から週一度のワークショップが始まり随分と人の出入りもありましたが、ここに一騎当千の若武者達を揃えまして”土方巽メソッド研究会”と名づけましたこの会の第一回目の公演を打つはこびとなりました。土方先生にとっては孫弟子にあたる彼らと共にアスベスト館の舞台に立つということで私はさらに力づけられるのであります。鼈甲飴とはフォルムのことですが、それは人の形を指しているのです。一人一人が自分の形を見つけ出す、そうあってほしいという思いをこめて名づけました。私も飴職人として存分に腕をふるわせていただきます。」(和栗由紀夫)
- 上演団体 / 個人
- 好善社
- 演出 / 振付
- 和栗由紀夫
- 会場
- アスベスト館
- 上演年
- 1991
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反閇 -HEN BAI-
Mamu Festival参加作品。反閇とは陰陽道に於いて出行や鎮めの際に行われた呪術である。後に神道や密教、さらには、有職故実の世界などにも流入し、現在でも力士の踏む四股が反閇に淵源を辿ることができるとされている。宇野萬はここにヒントを得て作舞した。冒頭のソロはロープで身体を支え反重力のモチーフと思われ、男二人のシーンは口と尻をチューブでつなぎ循環する管・筒がモチーフと思われる。後半に3人で白い衣装のシーンは塩を撒き祓いのイメージが見られる。前作Hot Keyラストシーンの陰陽舞からさらに陰陽の世界を展開した作品といえる。ドイツにて1日の上演のみである。

- 上演団体 / 個人
- Mamu Festival
- 演出 / 振付
- 宇野萬
- 会場
- ゲッティンゲン青年劇場
- 上演年
- 1994
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変な宿屋
1985年3月から渋谷ジャンジャンにて行われたシリーズ「音楽の贈り物(ポトラッチ)」の最終回。シリーズ中唯一の邦楽と古川との競演。日本のパコ・デ・ルシア、杵屋弥十介との丁々発止なやり取りが観客の笑いを誘う。
長唄「安達ヶ原」の鬼の宿を「変な宿屋」にみたて、全体が宿屋の出来事として構成されている。
プログラム
1.あけましておめでとう(「三番叟」)
2.となりの部屋(弥十介・あんず芸合戦)
3.宿屋の秘密(長唄「安達ヶ原」全曲)
- 上演団体 / 個人
- 古川あんず
- 演出 / 振付
- 古川あんず
- 会場
- ジャン・ジャン
- 上演年
- 1986
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Petite Hanako
明治から昭和初期にかけてヨーロッパで活躍した女優、花子こと太田ひさの数奇な生涯を事実に基づいて構成したテレビドラマ。ひさは、オーギュスト・ロダンのモデルにもなった唯一の日本人で、森鴎外の小説「花子」のモデルでもある。花子を古川あんずが演じている。1994年11月10日放映。

- 上演団体 / 個人
- 株式会社テレビ朝日
- 上演年
- 1994
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BLOOM
エジンバラ フェスティバル フリンジ’96参加作品。AI・HALL自主企画 Vol.81、劇団態変帰国公演。飛田演劇賞パフォーマンス賞受賞。
1996年8月に、エジンバラ・フリンジ・フェスティバルにて初演。「全くビリビリとしびれるような感動にみまわれる」(The Stage紙)「身体の動きというものの美しさ、意味深長さを教えられる。」(The Scotsman紙) 等の絶賛を受ける。その後、更に練り上げ深めつつ、国内各地で上演を重ねた劇団態変の自信作。
- 上演団体 / 個人
- 劇団態変
- 演出 / 振付
- 金満里
- 会場
- 伊丹アイ・ホール<br />
- 上演年
- 1996
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ブランデンブルグ・コンチェルト 他
英国の振付師アントン・ドーリンに「こういうものは観たことがない」「この踊りのためにバッハは作曲したのではないか」といわしめた。それが石井みどりのブランデンブルグ・コンチェルトである。石井みどりのこだわりであるリズムの取り方、「溜め」(リズムの裏をとること)から動くこと、「盗み音」があること、「動中の静であること」、これは日本の伝統的な音のとりかたでもある。本作はこれらを象徴する石井みどり作品の代表作のひとつである。
石井みどり舞踊生活五十周年記念公演の第一部を収録。小品5本(南の月、ゴリウォーグのケークウォーク、うだる、三つのテーマ、四壁)とブランデンブルグ・コンチェルトで構成された。昭和56年度文化庁助成による現代舞踊公演。
- 上演団体 / 個人
- 石井みどり・折田克子舞踊研究所
- 演出 / 振付
- 石井みどり
- 会場
- 国立劇場小劇場
- 上演年
- 1981
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Blanc ササヤイテイル ツブヤイテイル
美術館のように展示されたクローデイーヌ・ドレの作品は、白い紙が人型のように畳まれ、重なり、群れを作っている。時に灰色、墨色の粉が煙のように、彼らを覆っている。
それは、戦争の只中にいる人々のようにも見える。
すると、その中から飛び出したような白い3人のダンサーが空間を歩き、飛び、転がり、時に異形の形で踊る。歩きまわる黒い女は、世界から弾き出され行方を失った者にも見える。
彼らは、交差し、出会い、また離れていく。世界はどこに行くのだろうか。
- 上演団体 / 個人
- 山田せつ子
- 演出 / 振付
- 山田せつ子
- 会場
- スパイラルホール
- 上演年
- 2012
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舞踏よりの召喚―20世紀、牡丹。
―もし、「舞踏」が舞台の上に現前だか、顕現だか、降臨だかしたならば喝采。
未だかって、そのような舞踏の神が微笑んだ舞台にお目にかかった事はないけれど、こちらも手をこまねいている時間はない。神が愚図るようであれば、引きずり出すなり、燻り出すなりし、たとえ歪んでいようとも微笑んでもらはねばなるまい、それが舞踏への返礼というヤツだ。―プログラムより
1971年に初の独舞踏公演を開いたその同じ場所で(当時は高円寺会館)、40年を経て64歳の武内靖彦が原点に還る。
ー武内靖彦 踏業四十周年記念独舞リサイタル
- 上演団体 / 個人
- 武内靖彦
- 演出 / 振付
- 武内靖彦
- 会場
- 座・高円寺1
- 上演年
- 2011
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舞踏よりの召喚 −93起源論−
「コノ作品チョッとヤバいかもしれない。構成上「全裸」の景を置いた。完全な「真っ裸」、ものの勢でそのような仕儀と相成ったが、草月ホールに迷惑係らなくて「ホッ!」とだったかもしれない、イヤそんな事すら考えていなかったろう。今にして憶えばの話。」(武内)
武内靖彦独舞集成・踏業22周年記念リサイタル。40周年には、同じく「舞踏よりの召喚」と銘打って記念リサイタルを開催した。
- 上演団体 / 個人
- 武内靖彦
- 演出 / 振付
- 武内靖彦
- 会場
- 草月ホール
- 上演年
- 1993
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舞踏とは命がけで突っ立ている死体である
タイトルは、土方巽自身が自らの舞踏を表すアフォリズムとなっている。本作は、水戸芸術館での「日本の夏1960―64」の参加作品として、元藤燁子が構成・演出。1960年代前半期の美術における前衛活動を回顧する展覧会に、前衛美術家と協同した土方巽のオマージュとして発表。「肉体の叛乱」のフィナーレのシーンの巨大な写真パネルが吊られたエントランスのフロアで、元藤のほか、大野一雄、大野慶人らが踊った。
- 上演団体 / 個人
- アスベスト館
- 演出 / 振付
- 元藤燁子
- 会場
- 水戸芸術館現代美術センター
- 上演年
- 1997